私の主なる神は私の力

「いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木には実りがなく、オリーブの木も実がなく、畑は食物を生み出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。しかし、私は主にあって喜び躍り、わが救いの神にあって楽しもう。私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。」(ハバクク書 3:17-19)

ユダの国の中に暴虐が蔓延り、預言者ハバククが主に叫ぶと、主は凶暴な異邦の民カルデヤ人を起こし、さらに凶暴な彼らがユダの国に攻め入ることになると答えられた。これは、ユダの国もリーダーたちも主に従おうとしなかったためである。

史実として、ユダの民は70年間捕囚となり、やがてエルサレムに戻ってきた。その間はいちじくの木が花を咲かせず、ぶどうの木には実りがなく、オリーブの木も実がなく、畑は食物を生み出さず、羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる状況だった。

しかしユダの民、イスラエルの民、あるいは今日私たちにも向けられた言葉は、私の主、神は私の力である、私の足を雌鹿のようにし私に高い所を歩ませる、ということだった。

主の幻、主のご計画は、私たちが正しい者となることだった。正しい者とは、信仰によって生きる者である。「4 見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。」と主が言われた通りである。

私たちは主が与えられた言葉、幻を信じて歩むなら、主が私たちを正しい者として認めてくださる。主イエス・キリストを信じる信仰は私たちに罪からの救いを与える。今私たちが直面する困難においても主は救いを与えてくださる。このことを覚えて主を信頼して歩みたい。

愛する天のお父様、あなたを信頼して歩みます。あなたは私の力です。私たちの足を雌鹿のようにし、高いところを歩ませてくださいます。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。