主の声に聞き従う
「主の使いがギルガルからボキムに上って来た。そして言った。「わたしはあなたがたをエジプトから上らせて、あなたがたの父祖たちに誓った地に連れて来て言った。『わたしはあなたがたと結んだわたしの契約を決して破らない。あなたがたは、この地の住民と契約を結んではならない。彼らの祭壇を打ち壊さなければならない。』ところが、あなたがたはわたしの声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。それでわたしも言う。『わたしはあなたがたの前から彼らを追い払わない。彼らはあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたにとって罠となる。』」主の使いがこれらのことばをイスラエルの子ら全体に語ったとき、民は声をあげて泣いた。」(士師記 2:1-4 JDB)
主の声に聞き従うことは重要である。主がイスラエルの祖父たちに誓った地に来た時、その地の住民と契約を結ぶことは禁じられ、彼らの偶像礼拝の祭壇を打ち壊すように命じられていたのにも関わらず、イスラエルの子孫はその土地の住民と契約を交わして、彼らの中に住み、彼らの偶像礼拝の祭壇を打ち壊さずに残しておいた。後にこのことが災いとなって、主なる神との契約を忘れ、彼らは偶像礼拝者たちと交わした契約により、偶像礼拝を物理的に放置したままにしてしまい、彼ら自身が偶像礼拝者となってしまった。
私たちの主が命じられたことには意味がある。イスラエルの民が偶像礼拝者とならないように、主はその土地の住民と契約を結んではならない、彼らの祭壇を打ち壊せと言われたのだった。
私たちが人道的な配慮を重視しすぎるあまり、罠にはまることがないようによく注意しなければならない。今日のイスラエルは、ガザ地区への武力攻撃が子供たちの命を奪っている非人道的な行為として取り上げられ批判されているが、その背後で巧妙に情報操作をしているハマスというテロ組織を非難することなくイスラエルの行為ばかりに攻撃の矢を向けるなら、私たちは偏向報道の煽りを受けてしまい、正しい視点を失いかねない。
話を戻すが、私たちが神の主権ある決めごとを、人間的な思いで覆し、妥協するなら罠にはまる。だから主の声に聞き従うことが大切である。主が言われたのなら、そうすることが大切である。
愛する天のお父様、私たちが一時的な感情や人間的な思いで、あなたのご計画や御心を覆してしまうことのないように、どうかあなたの声に聞き従うことができますように。主イエス・キリストの御名によって、アーメン。