私と私の家は主に仕える

「今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕え、あなたがたの先祖たちが、あの大河の向こうやエジプトで仕えた神々を取り除き、主に仕えなさい。主に仕えることが不満なら、あの大河の向こうにいた、あなたがたの先祖が仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のアモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、今日選ぶがよい。ただし、私と私の家は主に仕える。」(ヨシュア記 24:14-15)

ヨシュアはイスラエルの民に向かって大河の向こうやエジプトで仕えた偶像の神々を取り除き、主に仕えるように挑戦した。

私たちが他の神々ではなく主にだけ仕えるとは、主を第一にし、主以外のものを主以上に重要視しないということだ。

さらに言うならば、世の価値観に囚われずに聖書の価値観に目を向けることである。聖書では隣人を愛し赦し、貧しい者や最も小さい者に仕えるように教えている。それはおそらく心の強い人でなければ出来ないことだ。自分の感情を治め、自分よりも他人を顧みることは信仰なしにはできない。主イエスキリストが人々を罪から救うために十字架で命をささげてくださったのは、父なる神を本当に愛していたからである。

主イエスキリストに仕えるとは、主の教えに従って生きるということである。主に従って歩みたい。

愛する天のお父様、あなたを愛し、あなたを信頼します。世の価値観ではなく、あなたの教えに従って歩みます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。