鹿が谷川の流れを慕いあえぐように

「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように
神よ 私のたましいはあなたを慕いあえぎます。」
(詩篇 42:1)

山地に生息する鹿は谷川の水を慕って降りてくる。ダビデが主なる神を慕うのもこれと同じようだった。

私たちのたましいは、日々の出来事に神経を擦り減らし、カラカラに渇いてしまう。そんな時に私たちのたましいは充電が必要になる。動画や音楽、旅に出て大自然の中に行くのも一時的な充電になるが、たましいの保護者である主なる神を求め、賛美して祈ることは、私たちの心をスカッとさせ、結果的に元気を与えてくれる。

ダビデもたましいが飢え乾いていた時に、主に祈り賛美した。「私のたましいは 神を生ける神を求めて渇いています。いつになれば 私は行って神の御前に出られるのでしょうか。昼も夜も私の涙が私の食べ物でした。「おまえの神はどこにいるのか」と人が絶えず私に言う間。私は自分のうちで思い起こし私のたましいを注ぎ出しています。私が祭りを祝う群衆とともに喜びと感謝の声をあげてあの群れと一緒に神の家へとゆっくり歩んで行ったことなどを。わがたましいよ。なぜ おまえはうなだれているのか。私のうちで思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。私の神よ 私のたましいは私のうちでうなだれています。それゆえ私はヨルダンとヘルモンの地からまたミツアルの山からあなたを思い起こします。あなたの大滝のとどろきに淵が淵を呼び起こし あなたの波 あなたの大波はみな私の上を越えて行きました。昼には 主が恵みを下さり 夜には 主の歌が私とともにあります。私のいのちなる神への祈りが。」(詩篇 42:2-8)

今日も自らの心を主の前に注ぎ出したい。

愛する天のお父様、あなたを慕い求めます。私たちの飢え渇いた心とたましいを潤してください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。