主に向かって呼ばわる

「彼は鉄の戦車九百両をもち、二十年の間イスラエルの人々を激しくしえたげたので、イスラエルの人々は主に向かって呼ばわった。」(士師記‬ ‭4‬:‭3‬)

エホデが死んだ後、イスラエルの人々が、また主の前で悪をおこなったので、 主はハゾルで世を治めていたカナンの王ヤビンの手に彼らを売りわたされた。

ヤビンの軍勢の長はハロセテ・ゴイムに住んでいたシセラであった。 彼は鉄の戦車九百両をもち、二十年の間イスラエルの人々を激しく虐げたので、イスラエルの人々は主に向かって呼ばわった。(士師記‬ ‭4‬:‭1‬-‭3‬)

聖書によくみられるパターンは、罪を犯すと苦難に遭うが、主に向かって呼ぶと、主が介入して敵を滅ぼし、平和が帰ってくる、というものだ。

イスラエルの民の罪の問題について、主は看過されることはなかった。憐み深い神だが、正しい方でもある。またイスラエルを攻撃するものたちに神が介入されることも然りである。

イスラエルの民は二十年間激しく虐げられたため、イスラエルの人々は主に向かって呼ばわった。虐げられずに主に向かって呼ばわること、あるいは礼拝や祈りなどを通して心を向けることができたら一番良い。しかしイスラエルの民は長期間虐げられて、やっと主に心を向ける傾向にあった。

私たちも鉄の戦車九百両に包囲され、二十年間身体的精神的蹂躙を受けなくても主に心を向けることを忘れないようにしたい。

主から心を離れずに生きていきたい。

愛する天のお父様、あなたに心を向けます。あなたは偉大な神、主です。主イエスキリストの御名によって、アーメン。