輝きに満ち喜びにあふれている人生
「あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している。現在、見てはいないけれども、信じて、言葉につくせない、輝きにみちた喜びにあふれている。 それは、信仰の結果なるたましいの救を得ているからである。」(ペテロの第一の手紙 1:8-9)
人々が人生を語る時、何を語るだろうか?生きている意味をどう語るだろうか?哲学を学び、生きる意味や喜びを見出すことはできるだろうか?もし私たちが輝きにみちた喜びにあふれた人生を見つけ、そのように生きることができたとしたら素晴らしいと思わないだろうか?
ペテロは「信仰の結果なるたましいの救を得ている」ことで、イエス・キリストを見たことはなくても彼を愛し、現在見てはいないけれども信じて、言葉につくせない輝きにみちた喜びにあふれていると述べた。
私たちがイエスキリストを救い主として信じるということで、私たちの人生は絶望と落胆、無頓着や無味乾燥、無関心から、希望と喜び、充実感とビジョンや目標が与えられる。
私たちが主なる神に愛されているからである。永遠のいのちと神の子どもとしてのステータスが与えられ、聖霊がいつも私たちを助けてくださるからである。
私たちの人生を素晴らしい人生へと変えてくださった主に心から感謝して歩みたい。
愛する天のお父様、あなたが御子イエスを通して与えてくださった希望と喜びあふれる人生をありがとうございます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。