聖霊を汚す者とならない

「よく言い聞かせておくが、人の子らには、その犯すすべての罪も神をけがす言葉も、ゆるされる。 しかし、聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」。」(‭‭マルコによる福音書‬ ‭3‬:‭28‬-‭29)

イエスがガリラヤ湖の側のなだらかな山に登り、みこころにかなった者たちを呼び寄せられ、十二人をお立てになられた。彼らを自分のそばに置き、宣教につかわし、 また悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。 

さてイエスが家に入られると、 群衆がまた集まってきたので、一同は食事をする暇もないほどであった。 身内の者たちはこの事を聞いて、イエスを取押えに出てきた。気が狂ったと思ったからである。」(‭‭マルコによる福音書‬ ‭3‬:‭1‬, ‭13‬-‭15‬, ‭19‬-‭21‬)

弟子たちに悪霊を追い出す権威を持たせられたイエスは、身内の者たちから気が狂ったと思われた。

またエルサレムから下ってきた律法学者たちも、「彼はベルゼブルにとりつかれている」と言い、「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ」とも言った。 

イエスの身内もエルサレムの律法学者も、イエスの霊的の状態について正しい理解を持っていない。神の御子に霊的な問題はなく、霊的な問題があるのは、イエスの身内と律法学者たちである。

そこでイエスは律法学者たちを呼び寄せ、譬をもって言われた、「どうして、サタンがサタンを追い出すことができようか。 もし国が内部で分れ争うなら、その国は立ち行かない。 また、もし家が内わで分れ争うなら、その家は立ち行かないであろう。 もしサタンが内部で対立し分争するなら、彼は立ち行けず、滅んでしまう。 だれでも、まず強い人を縛りあげなければ、その人の家に押し入って家財を奪い取ることはできない。縛ってからはじめて、その家を略奪することができる。 」律法学者たちはサタンや悪霊の働きについても正しい理解を持っていない。

ただ単に理解や認知が歪んでいるのではなく、聖霊を汚すことに対して厳しいことを言われた。「よく言い聞かせておくが、人の子らには、その犯すすべての罪も神をけがす言葉も、ゆるされる。 しかし、聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」。 そう言われたのは、彼らが「イエスはけがれた霊につかれている」と言っていたからである。」(マルコによる福音書‬ ‭3‬:‭22‬-‭30‬)

どんな罪も赦してくださる神が、唯一赦されることがないと言ったのは、聖霊をけがす者である。罪一つ一つは赦されるが、聖霊を汚す者は悪霊の働きをする者であり、そこから抜け出し、主の元に来ない限り、私たちは罪に定められたままである。

イエスをキリストと信じるのは聖霊の働きである。聖霊の働きについて拒否するのではなく、純粋に信じて従って歩みたい。

愛する天のお父様、あなたは御子イエスを救い主として私たちのもとに遣わしてくださいました。私はイエスをキリストと信じます。救いを感謝します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。