大いなる山も平らにされる。

聖句:”私と話していた御使いが戻って来て、私を呼び起こした。私は眠りから覚まされた人のようであった。 彼は私に言った。「あなたは何を見ているのか。」私は答えた。「私が見ると、全体が金でできている一つの燭台があります。その上部には鉢があり、その鉢の上には七つのともしび皿があります。この上部にあるともしび皿には、それぞれ七本の管が付いています。 また、そのそばには二本のオリーブの木があり、一本はその鉢の右に、もう一本は左にあります。」 私は、私と話していた御使いに言った。「主よ、これらは何ですか。」 私と話していた御使いが答えて言った。「あなたは、これらが何であるかを知らないのか。」私は言った。「主よ、知りません。」 彼は私にこう答えた。「これは、ゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は言われる。 大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前で平らにされる。彼がかしら石を運び出せば、『恵みあれ。これに恵みあれ』と叫び声があがる。」 また、私に次のような主のことばがあった。 「『ゼルバベルの手がこの宮の礎を据えた。彼の手がそれを完成させる。』そのときあなたは、万軍の主が私をあなたがたに遣わされたことを知る。 だれが、その日を小さなこととして蔑むのか。人々はゼルバベルの手にある重り縄を見て喜ぶ。これら七つは、全地を行き巡る主の目である。」” ゼカリヤ書 4章1~10節

観察:

            神殿の再興についての主からゼルバベルへのことばです。

「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主は仰られる。ゼルバベルにとって神殿を作り直す仕事は

とての困難な大きな山のように映っていたのでしょう。しかし、神様は、「『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰られる。」と彼に告げられました。

            神様がゼルバベルをその仕事に指名していたわけですが、実際にその仕事を可能なものにしていたのは聖霊でした。神様が動かせない山などどこにあるでしょう?神様は、「大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前で平らにされる。」と言われました。           
神様からするようにと言われたことをするのは私たちの力によるものではありません。また、私たちの目の前に現れるチャレンジの山々を平にするのも私たちの力ではできません。それを可能にしてくれるのは、神様の御霊です。神様が私たちに何かをするように召される時、神様はすべて私たちの力でそれをするようにと私たちを召されてはいません。聖霊に導かれてそれをするように私たちを召されているのです。

           二つ目のことばを神様はゼカリアに託しています。 それは、「ゼルバベルの手がこの宮の礎を据えた。彼の手がそれを完成させる。」神様が私たちに仕事を与える時、神様は私たちにその仕事を完成させるようにと言われています。神様にとって難しいチャレンジなどありません。神様にとって大きすぎる山はどこにもありません。私たちは小さな一歩をバカにしてはいけないのです。やりなさいと言われている仕事は難しく辛いものかもしれません。しかし、神様は私たちに小さな一歩に喜びを見出して欲しいと願われています。

多くの場合、私たち人間には何か目をみはるすごいことをしたいという願望があります。しかし、神様は私たちに忠実さを求めています。忠実さの中に神様が働かれ、私たちが神様の栄光を見られるからです。ゼルバベルは、神様から命じられたことを完成させなければなりませんでした。神様がかしら石を運び出せば、『恵みあれ。これに恵みあれ』と叫び声があがる。「だれが、その日を小さなこととして蔑むのか。人々はゼルバベルの手にある重り縄を見て喜ぶ。これら七つは、全地を行き巡る主の目である。」全地を行き巡る主の七つの目は選ばれしかしら石がゼルバベルの手中にあるのを見て喜びます。

主の目は私たちが神様から任された仕事を最初からそれが終わるまで常に

見守ってくれています。 私たちは私たちがするすべてが自分たちの力によりものだと思い上がったりしてはいけないのです。神様の召の中では、主の御霊が私たちを召し、私たちを備え、御霊とともに主の仕事をするために私たちを送り出してくれるのです。

適用:

           私は今日、困難な時に私を助けてくれるのは、私の力ではなく、神様の御霊なのだということを学びました。 神様は、私があちこちで山のような困難に直面することを知りながら、私を召されています。 私がすることすべてを導き、見守ってくださる聖霊の力なしには、神様の仕事をしないようにと。 聖霊が私の人生にとどまり続け、その目的のために働いてくださることを感謝します。

祈り:

           聖霊様、あなたの力が物事を可能にすることを私に思い出させてくださったことに感謝します。 今日、あなたが私に召されたすべての仕事を見ておられる方であることを知るために、私の目を開いてくださってありがとうございます。 どうか私があなたの臨在と導きに敏感になれますように。 物事を可能にするのは、すべて私と私のノウハウや経験だと思ってしまう私をお許しください。 私はあなたを敬い、あなたの導きとリーダーシップに従います。 イエス様の御名によって、アーメン!