イエス様は偉大な牧者

聖句:”まことに、神である主はこう言われる。「見よ。わたしは自分でわたしの羊の群れを捜し求め、これを捜し出す。 牧者が、散らされた羊の群れのただ中にいるときに、その群れの羊を確かめるように、わたしはわたしの羊を確かめ、雲と暗黒の日に散らされたすべての場所から彼らを救い出す。 わたしは諸国の民の中から彼らを導き出し、国々から彼らを集め、彼らの地に連れて行き、イスラエルの山々や谷川のほとり、またその地のすべての居住地で彼らを養う。 わたしは良い牧草地で彼らを養い、イスラエルの高い山々が彼らの牧場となる。彼らはその良い牧場に伏し、イスラエルの山々の肥えた牧草地で養われる。 わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らを憩わせる──神である主のことば──。 わたしは失われたものを捜し、追いやられたものを連れ戻し、傷ついたものを介抱し、病気のものを力づける。肥えたものと強いものは根絶やしにする。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う。” エゼキエル書 34章11~16節

観察:
            神様は、イスラエルの民を蔑ろにしてきた不忠の牧者たちに問題を抱えていました。彼らは自分たちだけのことしか考えず、民の福祉を顧みませんでした。 彼らは脂肪をたべ、羊の毛を身に纏い、肥た羊を屠るものの、羊を養うことはありませんでした。 
            弱った羊を強めることなく病気のものを癒さず、傷ついたものを介抱せず、追いやられたものを連れ戻さず、失われたものを捜さず、力尽くで、過酷な仕方で彼らのことを支配していました。牧者がいないために、彼らは散らされ、山々や高い丘を彷徨っていました。
            そして、神様はこう言われました。「見よ。わたしは自分でわたしの羊の群れを捜し求め、これを捜し出す。 牧者が、散らされた羊の群れのただ中にいるときに、その群れの羊を確かめるように、わたしはわたしの羊を確かめ、雲と暗黒の日に散らされたすべての場所から彼らを救い出す。わたしは諸国の民の中から彼らを導き出し、国々から彼らを集め、彼らの地に連れて行き、イスラエルの山々や谷川のほとり、またその地のすべての居住地で彼らを養う。わたしは良い牧草地で彼らを養い、イスラエルの高い山々が彼らの牧場となる。彼らはその良い牧場に伏し、イスラエルの山々の肥えた牧草地で養われる。 わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らを憩わせる。 わたしは失われたものを捜し、追いやられたものを連れ戻し、傷ついたものを介抱し、病気のものを力づける。肥えたものと強いものは根絶やしにする。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う」
             イエス様は、ご自分こそが良い羊飼いであると言われました。ご自分の羊のことをよく知り、彼の羊はその声を聞き分けられると。声を聞くだけでなく、その声を聞いて、イエス様に従うと。イエス様はただの良い牧者だけではありません。偉大なる牧者です。ダビデ王はその詩篇の中で良い牧者についてこう記しています。「主は私のひつじかい。 私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させいこいのみぎわに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のゆえに私を義の道に導かれます。」
           イエス様が私たちすべてを気にかけてくださっていることを知ることはなんと素晴らしいことでしょう。自分のことしか考えない人たちとは違い、私たちのことをいつも面倒を見てくれています。 イエス様のご自身の羊に対する愛に満ちた心を改めて教えてくれたことに感謝です。 
適用:羊を養うことなく、自分たちだけ羊の毛を身にまとう羊飼いのイメージにチャレンジを受けました。牧師として、神様のような羊飼いの心を持つことに私がいかに至らないかを感じます。良い牧者としての基準を満たしていません。み父からその羊飼いの心を学んでいきたいと思います。神様から任された人たちを導き、そして、養っていくための知恵と神様の導きが必要です。 神様の民のために神様の心をもって彼らに手を差し伸べていきたいです。神様の心をもって神様の民を導き続けたいと思います。  
祈り:            イエス様、あなたがあなたの民を愛するような牧師に私がなれるよう、私を助けてください。あなたの羊への心とパッションを与えてください。 あなたの民を導くための知恵を私に与えてください。 あなたの羊のことを考えずに、自分だけのことを考えてしまう時があることを許してください。あなたが彼らを愛するように私が彼らを愛すことができるよう、私を教えてください。 あなたの民を牧する時、思いやりと愛する心を私に与えてください。あなたを日々見上げます。そして、あなたが私の牧者であることを感謝します。アーメン!