絶えず尽きることがない主の慈しみ

「主のいつくしみは絶えることがなく、 そのあわれみは尽きることがない。 これは朝ごとに新しく、 あなたの真実は大きい。」(‭‭哀歌‬ ‭3‬:‭22‬-‭23‬)

悩む人エレミヤの言葉である。預言者として、神の言葉を語っても受け入れてもらえず、嘆き悲しみの中にいたが、主の言葉に希望を置き、主の約束を信じていた。

エレミヤは言った。「主のいつくしみは絶えることがなく、 そのあわれみは尽きることがない。 これは朝ごとに新しく、 あなたの真実は大きい。 」主の憐れみこそ、私たちが必要としているものである。

主の憐れみについてある人がこう説明してくれた。「私たちの罪による本来受けるべき罰を赦してもらうこと」罪は本来罰せられるべきものであるが、稀に権威者によって罰を赦免してもらえることがある。

また、主の恵みについてある人がこう説明してくれた。「私たちは神から良い物を受けるに値しない人間であるのにもかかわらず、良い物、祝福で満たしてくださっていること」良い物を受けるに相応しい人など1人もいないが、神はすべての人に与えてくださっている。

主のいつくしみは絶えることがなく、 そのあわれみは尽きることがないから驚く。そして主の憐れみは朝ごとに新しい。毎日、私たちには主のあわれみと恵みが与えられている。

主の真実は大きいので、主の憐れみは遅れることなく、誤配となることもなく、確実に毎日届く。主の憐れみはいつも私たちに与えられている。

憐れみ深い主なる神、恵み深い主なる神は、私たちにいつも絶え間なく憐れみと恵みを表してくださっている。神の憐れみと恵みを感謝して歩みたい。

愛する天のお父様、あなたは偉大な神です。今日もあなたを信頼します。主イエスキリストの御名によって、アーメン。