命のパン

「イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。 わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。 わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。そして、わたしはその人々を終りの日によみがえらせるであろう」。」(‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭6‬:‭35‬, ‭39‬-‭40‬)

イエスは自分が命のパンだと言われた。

イエスはガリラヤの海、すなわち、テベリヤ湖の向こう岸へ渡られると、大ぜいの群衆がイエスについてきた。病人たちになさっていたしるしを見たからである。 

イエスは山に登って、大麦のパン五つと、さかな二ひきをもって祈っただけで、男の数で五千人ほどの人々がお腹いっぱいになるほどの量に増やされた。そして五つの大麦のパンを食べて残ったパンくずは、十二のかごにいっぱいになった。 人々はイエスのなさったこのしるしを見て、「ほんとうに、この人こそ世にきたるべき預言者である」と言った。 

その後、数そうの小舟がテベリヤからきて、主が感謝されたのちパンを人々に食べさせた場所に近づいた。 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知って、それらの小舟に乗り、イエスをたずねてカペナウムに行った。(‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭6‬:‭1‬-‭3‬, ‭9‬-‭10‬, ‭13‬-‭14‬, ‭23‬-‭24‬)

そしてイエスは言われた。「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたがわたしを尋ねてきているのは、しるしを見たためではなく、パンを食べて満腹したからである。 朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである。」(‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭6‬:‭26‬-‭27‬)

私たちがイエスが行ったしるしや奇跡について尋ねるならば、永遠の命に至る朽ちない食物を知ることができる。永遠の命に至る朽ちない食物は大麦のパンとは違い、人の子イエスにしか与えることができない霊的なもの、永遠の命である。

イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。 わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。 わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。そして、わたしはその人々を終りの日によみがえらせるであろう。」

イエスが私たちに与えてくださるのは永遠の命である。大麦パンは食べてもしばらくするとまた空腹になるが、イエスが与えてくださる命は、消えてなくなるものではなく、永遠に私たちのものとなる。イエスを信じる者たちは死んでも、終わりの日によみがえるのである。

愛する天のお父様、永遠の命をありがとうございます。生命を維持する大麦パンとは違い、イエスを信じる神の御子と信じる者に永遠のいのちを与え、終わりの日によみがえることができます。ありがとうございます。主イエスキリストの御名によって、アーメン。