富と宝と、それを楽しむ力

「また神はすべての人に富と宝と、それを楽しむ力を与え、またその分を取らせ、その労苦によって楽しみを得させられる。これが神の賜物である。 このような人は自分の生きる日のことを多く思わない。神は喜びをもって彼の心を満たされるからである。」(‭‭伝道の書‬ ‭5‬:‭19‬-‭20‬)

私たちの神はすべての人に富と宝と、それを楽しむ力を与え、またその分を取らせてくださる。私たちはひとりひとりに割り当てられた労苦による富や宝を楽しむことができる。

私たちには必要な分の富と宝とそれを楽しむ力が与えられるのだから、不必要な分は与えられない。たくさん与えられる人はそれを楽しみ、少なく与えられる人もそれを楽しむことができる。多く与えられるからといって、それが良いわけではない。

一時的に、思わぬ形で、自分の力や計画から外れて多く与えられても、「神の賜物」であると感謝し、虚しい使い方をせず、主のために与え、ささげるのは素晴らしいことだ。繰り返すが、多く与えられるなら、多くのことのために与えられるということであり、単純に自分の懐を肥やして虚しいことのために使うためではない。

お金に支配されると心配ごとが増え、よく眠れなくなる。しかし神に感謝し、また神にささげて生きる人たちは「自分の生きる日のことを多く思わない」で済むし、それを楽しむことができる。財産のことで心を悩ますことが少ないかは良いという考え方は資本主義や拝金主義の考え方と相反するが、経済的に余裕があって自分で自由に使える時間が与えられているのなら、時間を他人のために使うことができる。

私たちが何をするにも、神が喜びをもって私たちの心を満たされているかどうかが大切だ。今の生活に満足し、主から与えられているものを感謝して歩みたい。

愛する天のお父様、私の心を満たしてください。主イエスキリストの御名によって、アーメン。