人生の始まりがそのまま変わらず終わりまで続くことはない

タイトル:  人生の始まりがそのまま変わらず終わりまで続くことはない

聖句:”次のような主のことばが私にあった。「人の子よ。エルサレムにその忌み嫌うべきわざを告げ知らせよ。『神である主はエルサレムについてこう言われる。あなたの出身、あなたの生まれはカナン人の地、あなたの父はアモリ人、あなたの母はヒッタイト人であった。あなたの生まれについて言えば、あなたが生まれた日に、あなたは、へその緒を切られず、水で洗いきよめられず、塩でこすられず、布で包まれることもなかった。だれもあなたにあわれみをかけず、これらのことの一つでもあなたにしてやって、あなたに同情しようとはしなかった。あなたの生まれた日に、あなたは嫌われ、野に捨てられた。わたしがあなたのそばを通りかかったとき、あなたが自分の血の中でもがいているのを見て、わたしは血に染まったあなたに「生きよ」と言い、血に染まったあなたに、繰り返して「生きよ」と言った。わたしはあなたを野原の新芽のように育て上げた。あなたは成長して大きくなり、十分に成熟して、乳房はふくらみ、髪も伸びた。しかし、あなたは丸裸であった。”エゼキエル書 16章1~7節

観察:            主のみ言葉は力強く、生きています。 エルサレムは、その忌むべき慣習について責め立てられます。 神様は預言者エゼキエルに、彼らの忌むべき慣習にチャレンジするよう指示しました。 エゼキエルは、神様がどのように彼女を見出されたかから始めるようエルサレムに思い起こさせなければなりませんでした。 エルサレムの始まりは難しいスタートでした。彼女の先祖と生まれはカナン人の土地でした。             彼女の父親はアモリ人、母親はヒッタイト人でした。 生まれたときから、彼女を気にかける人は誰もいませんでした。「あなたが生まれた日に、あなたは、へその緒を切られず、あなたは嫌われ、野に捨てられていました。彼女は水で洗いきよめられず、塩でこすられず、布で包まれることもなかった。」と。

           「だれもあなたにあわれみをかけず、これらのことの一つでもあなたにしてやって、あなたに同情しようとはしなかった。あなたの生まれた日に、あなたは嫌われ、野に捨てられた。」            多くの場合、私たちは自分がどこから来たのかわかっていません。 私たちはエルサレムのように、忘れられ、見捨てられ、罪の中に深く沈んでいるのです。 聖書は、「私たちは不義の中に生まれた」と言っています。 ですから、聖い人は一人もいません。 エルサレムのように、誰もが罪のうちに母親の胎内で宿り、成長し、善悪を知るようになると、多くの人が神様の前に忌み嫌われることを行う人生を歩み続けます。 
            エルサレムのように、忌み嫌われることをやめて生きていく私たちの唯一の希望は、神様です。 罪は私たちを人生の野原に放り出しました。憐れみも同情も示してくれる人がいないままでです。 神様は、自分の血の中でもがいているのを見て、血に染まったエルサレムに「生きよ」と言い、血に染まったエルサレムに、繰り返して「生きよ」と言ったのです。「あなたを野原の新芽のように育て上げた。あなたは成長して大きくなり、十分に成熟して、乳房はふくらみ、髪も伸びた。しかし、あなたは丸裸であった。」 神様は、私たちを成長させ、私たちを育て、私たちを大切にしてくださいます。 
            罪の中で懸命に生きようとよじ登ろうとしている私を、神様はどこで見つけてくださったのかを知る必要があります。実のところ、私はこれまでの人生で、神様から私を遠ざけるような、神様の忌むべきことをしてきました。 罪のために死にそうになっていた私を、神様がどこで見つけてくださったかを思い出す必要があるのです。 
            神様は、私たちが無力で、憐れみも同情もなかったときに、どこで私たちを見つけたかを思い出すようにと呼びかけておられます。 私たちが罪人として人生を歩み続けることがないように、私たちは神様が私たちを見出してくれた場所を覚えておかなければなりません。

適用:

            私を神様から遠ざける忌むべきものから、私の心を守らなければなりません。 罪や誘惑は、誰にとっても身近なものです。 私は、その誘惑に陥らないように、自分の人生の中にある罪の微妙な違いを意識して、注意深く行動していきます。 

祈り:

            イエスさま、人生における罪の誘惑の微妙さから私の心を守ることを思い出させてくださるあなたの言葉を感謝します。 あなたの愛と慈しみ、そして私を回復させたいという願いを感謝します。 私があなたの人生を生き、あなたの導きに従順であるように助けてください。 あなたが罪の中にいる私をどこで見つけて下さったのかを覚えていないことがある私を赦してください。 あなたが喜ばれる方法で私を導いてください。